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コラム

“めでたい”儀式で祝う、漁村の結婚式

2020.12.08

祝い事に「鯛」はつきもの。「めでたい」という語呂合わせもありますが、平安時代の「延喜式」によれば朝廷への貢ぎ物に鯛、江戸時代にはお殿様への献上品に鯛、といったように古くから日本のハレの日の象徴となってきました。

鶴岡市由良には昔ながらの祝言に“鯛の儀式”があると聞いて、この秋、地元で結婚式を挙げたお二人のもとを訪ねました。

未来へと歩を進める

花嫁行列の儀式

由良出身の新郎・齋藤航大さんのもとに嫁いだのは富山県射水市出身の夢菜さん。お二人は富山の商船高専で出会い、昨年11月に入籍。2人の船出の場所として射水市の「海王丸」で船上結婚式を挙げ、このたび由良での“凱旋”結婚式となりました。

式当日は、秋晴れのお祝い日和。10時ちょうどに、齋藤家から紋付き袴姿の航大さんと、色打掛に身を包んだ夢菜さん、両家の親族が姿を見せました。沿道には集落の皆さんがずらり。「めんこいお嫁さん来ていがったの~」とお祝いの声が飛び交う中を、花嫁行列はご鎮守社へと向かいます。かつてはこの行列に「荷背負いさん」も加わって、花嫁道具を運んでいたとのこと。

さてここからは、航大さんのご両親、齋藤勝三さんと緑さんが祝言を挙げた、平成4年の写真もまじえてご紹介していきます。

道々では新郎新婦のご両親が、集まったご近所さんたちに五円玉やお菓子が入った袋を配り歩きますが、昔はこの袋を配らず撒いて(投げて)いたそうで、新築の上棟式と同様、天と地の神様に捧げる意味合いがあったようです。

こちらがご両親の時の様子。花嫁行列が道に投げた袋を皆さん拾っていますね。

日本の結婚式の原型

嫁入りと祝言

日本の結婚の儀式は、古くから新郎方などの自宅に親戚縁者を招いて行われてきました。神前式が始まったのは明治時代の中頃とされ、それまでは祝言のような人前式と披露宴が一つになった形が主流だったといわれています。結婚式では神様に結婚を誓いますが、祝言は両親など2人の身内にあたる人たちが結婚の証人となります。昔は祝言の日を迎えると、親戚縁者だけでなくご近所さんも加わって、何日もかけてお祝いの宴が続いたといいます。

齋藤家の祝言では、由良小謡保存会の皆さんによる「高砂」「難波」の謡の中、まずは三三九度から。2人と親族が一つの盃で三口ずつ、三度重ねていく、こうした盃事は日本特有で、新しい家族の縁を固く結ぶ“固めの儀式”といわれます。旧来は「雄蝶雌蝶」の飾りをつけた酒器を、男女の子どもが手にして酒を注ぐのが通例でした。三三九度の写真は、ご両親の時の様子。

三三九度からの流れで、新郎新婦の前に出されたのが「鯛の浜焼き」。ここでの浜焼きは“鯛の蒸かし”のことで、尾頭付きの身に箸で十字に切り目を入れ、一口ずつ新郎新婦が口にします。この「鯛の浜焼き」の風習は庄内地域の漁村の中でも珍しく、三三九度と同様、一つのものを共に食べることで、縁を固めることを意味しています。鯛の浜焼きは祝言の後で親族や客人にふるまわれます。

婚礼の形は時代と共に変化していますが、祝言のような日本の古き良き風習には、人と人との縁を固く結び、幸福と発展を願い、新しい家族と契り、みんなで祝い合う喜びがあります。この由良での祝言で出された鯛の味はお二人にとって格別だったはず。航大さん、夢菜さんの前途洋々たる未来に幸多きことを願って。末永くお幸せに!