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コラム

たなびくイカが目印、 鼠ヶ関の「浜のかあちゃんの店」

2021.09.08

鼠ヶ関の港に向かうアプローチ。ここでは浜風にたなびく無数のイカが風物詩となっています。

 

「スルメイカは一夜干しにすることで水分がほどよく抜けて旨味が増します。網に干す方が手間はかからないけれど、うちでは昔ながらのやり方にこだわって、上から吊るす『のれん干し』にしています」

そう話すのは、鼠ヶ関港で水揚げされた海産物を加工・販売している「浜のかあちゃんの店」店主の飯塚厚司さん。天日干しはその日の気温や風のあんばいで仕上がりが変わってくるため、見た目や手触りで乾き具合を見極めるのだそうです。

 

「ちょっとシワいったような感じになれば出来上がり。まだ生っぽいのは見た感じで分がんなよな(分かるんですよね)。そいで、持ってみるとやっぱり水分出てくんな(水分が出てくるんです)。こいだけ水分出てしまえば、あと持って歩いても大丈夫だ」

そう言って見せてくださった干した後のイカは、表面が乾いて薄くシワが寄っているものの、ぽってりとした厚みがあります。ちょうど人間の手の平のよう。梅雨時期など、天気の崩れる季節には機械乾燥も併用しますが「自然の乾き方がやっぱり良い」と言います。

 

浜風に当たりながら食べる

絶品のイカ焼き

一夜干しのイカはお土産に買って帰ることもできますが、その場で焼いてもらって食べることもできます。

1枚注文し、『浜のかあちゃん』に焼いてもらいました。

 

両面にほんのり焼き色がついたら出来上がり。アツアツのイカにマヨネーズとお醤油をつけて頬張ると思わず笑顔がこぼれます。一緒にいた子どもたちも「硬くない!美味しい!」と大喜び。そう、干すのも焼くのも絶妙な加減で、身が柔らかいのです。瞬く間に平らげてしまいました。

「うちではイカの一夜干しのほかにも、鼠ヶ関港で水揚げされたホッケやハタハタなども干物にしています。干物づくりが盛んなのは庄内浜では鼠ヶ関だけで、他の港ではあまり見ません。それは地形に起因しています。ここの周りは山ばかりで、その中で川のところに谷間があって、山からの風が港に吹いてくる。その風が良いんだと思います」

 

量より質、

地元の魚にこだわる加工

飯塚さんは天日干しの干物づくりを「自然の恵みをもらっている」と表現します。手間ひまのかかるやり方なので、作れる量は少なくなりますが、核家族化で1パッケージに入れる量が減っているため、量よりも質にこだわっているそうです。

 

「ここは、取れる時と取れない時の差が激しくて、冬場は時化が続いて、10日に1回ぐらいしか出漁できません。だから、大きい加工施設を作ったところで材料を安定して手に入れることができない。水産の加工事業を大きくしたいと思っても、難しい地域なんです。大手のスーパーと取引するには量が必要になります。よそから仕入れて作ることもできるけど、自分らはやっぱり地元の魚を使って作りたいんです」

 

ひとつひとつ、丁寧に、美味しく。こうした加工作業は主に浜の女性たちが担っています。男性中心になりがちな漁業の世界で、加工所は女性が活躍できる場でもあります。

「うちでは干物以外にも、無添加の手作り塩辛や、紅えびをじっくり乾燥させた無添加の乾燥えびを作っています。こちらが手をかけることで美味しいと思ってもらえれば、多少高くてもお客さんは買ってくれます。今は、佃煮はすぐ温められるよう電子レンジにかけられる袋を使うとか、焼き魚にしてから急速冷凍かけるとか、手数を加えないで食べられるような工夫が求められています。時代に合わせて少しずつ変えていきたいと考えています」

 

時代に合わせた変化は、美味しさのみに留まりません。2018年に食品衛生法改正されたことにより、2021年6月から一般衛生管理に加え、安全・安心を確保する手法「HACCP」の考え方を取り入れた衛生管理が求められるようになります。これまでとは異なる製法を取り入れざるを得ない事業者も少なくないでしょう。安心して食べられることはもちろん大切ですが、昔ながらの「イカののれん干し」を変わらず楽しめることを願います。