(旬は過ぎても)アンコウと庄内浜の話
冬の味覚、アンコウ。とは聞くものの、庄内人はあまりなじみがないのが実のところ。それはきっと、アンコウが出回る時期はみんな「寒ダラ」に夢中だから。今回、「庄内浜文化伝道師レベルアップ講座」に満を持してアンコウ登場と聞いて、見学に行ってきました。
タラとよく似た
アンコウの生態
この日の講師は、庄内浜文化伝道師マイスターの石塚亮さん(坂本屋当主)と手塚太一さん(㈱手塚商店)。最初に手塚さんからアンコウの生態などの説明がありました。
〈アンコウ豆知識〉
国内で食用としているのはキアンコウとクツアンコウの2種類で、アンコウといえばほとんどがキアンコウ。主な産地は東日本では青森県、ほか茨城県、山口県など。
■旬 庄内浜ではマダラと同じ1月~3月、肝にうま味と脂がのって大きくなる頃
■漁場 深海にいてあまり動かない(そのため身がやわらかく、心臓が小さい)
■漁法 底びき網が主。4月頃になると定置網や刺し網でもとれるが産卵期で肝が小さい
■特徴 うろこがなく、歯や骨と一部の内臓以外はほぼ可食
■成分 身のほとんどが水分で脂分が少なく低カロリー。コラーゲン、ビタミンB群、肝にはビタミンAが豊富。皮膚や粘膜の補助、老化防止、貧血予防などに良いとされる
■食べ方 鍋、煮こごり、から揚げ、とも和えなど
■選び方 弾力、ハリがあるもの。粘液が多く白濁したものは古い
■さばき方 5~6キロのものはまな板で、20キロ以上は吊るし切り
アンコウはタラと旬も漁場もほとんど同じで、骨以外はほぼ食べられることも同じということが分かりました。「庄内浜では、アンコウ専業の船は操業していませんが、底びき網などで漁師さんが狙うことはあります」。庄内はタラ文化の土地柄、どうしてもタラの水揚げが多くなります。「タラ汁といえば全国的には醤油味が主で、味噌仕立てで肝も入れるのは庄内だけでしょうね」と手塚さん。一方、アンコウは「どぶ汁」といって、水を加えず肝と身を味噌で煮る鍋料理がよく知られています。
海底の静かなる大食感
七つ道具を持つ魚
ここからは石塚さんによるアンコウ料理の実演です。この日のメニューは、アンコウ鍋とあん肝。
アンコウは大きな頭と大きな口に鋭い歯を持つ肉食。口の上の”ちょうちん”と呼ばれるアンテナのような突起を海底で動かしながら獲物をおびきよせ、一気にパクッ! 胃袋の中からイカやカレイなどが見つかることも。大きなおなかには、海底を移動する手のような腹びれがついています。
まずは腹を開いて腸を取り除き、肝をきれいに取り出します。「大きいアンコウだと肝だけで1キロくらいにもなります」と石塚さん。
どぶ汁は肝を溶いて調理しますが「今回は“庄内風”ということで、肝をそのまま切って鍋に入れます」。あん肝にする方は水で洗って強めに塩をしてしばらく置きます。
さて、アンコウといえば可食部の部位を示す「七つ道具」があり、肝、皮、えら、水袋(胃)、とも(ひれ)、ぬの(卵巣)、柳肉(ほお肉、身肉)とどれも食感や風味が異なります。「七つ道具ではありませんが、人間でいう腕の脇の部分がおいしいんですよ」。石塚さんが言う部位は、胸びれのつけねのあたり。「庄内はアンコウの食文化が発展途上ですから、皆さんでネーミングしてもいいでしょうね」と手塚さん。
アンコウは部位を取り出すように包丁を入れるのがポイント。ぬめり気が強く汚れが付着していることもあるため、さばき終えたエラやヒレ、胃袋などはよく汚れを取り除いてからお湯にくぐらせます。「この作業を丁寧に行うことで、アンコウの臭みや汚れが洗い流されて、透明感のある汁になります。アンコウ鍋の一番大事な作業です」。肝以外は湯引きをしたら水にさらします。
これで下処理は完了、鍋を仕込みます。
一度の冬で二度おいしい
旬の魚それぞれの味
アンコウ鍋というと一般的に味噌仕立てですが、石塚さんの提案するアンコウ鍋は醤油だし。「庄内はタラ汁が味噌味ですからね。アンコウは漁期が長く、タラは約1カ月と短いので、冬の間にタラをはさんでアンコウを味わえば、冬の味覚をより長く楽しめます」。調味料は、だし13、酒3、みりん1、薄口醤油1。この分量の割合はどんな鍋でもおいしく仕上がる黄金比です。
汁が沸いたら、最初に肝を入れて沸騰させます。「タラ汁でも、身を水から煮た方がいいという人がいますが、身が淡泊な分、最初に肝を入れてうま味を引っ張れるだけ引っ張ります。それからどんがら(アラ)を入れて10分煮て野菜を入れます。煮崩れしないのがアンコウの良さです」。
この日の野菜は、春菊、白菜、セリなど。「『であいもの』といって、その季節の山のもの、里のもの、海のものを合わせるとやっぱり相性がいいんですよね」。
本日は約10人分のアンコウ鍋。鍋に小分けにして雑炊も作ります。
アンコウ鍋(汁)、雑炊、あん肝の3品ができあがりました。
「タラは魚のうま味を使いますが、アンコウは肝をだしにしたり、皮のゼラチン質だったりいろいろな部位の風味を楽しめます。アンコウのおいしさはやはりその食感でしょうね」。
庄内の浜文化と
料理人の仕事
石塚さんの著書『浜から聞こえる豊穣』には、「この土地の人がおいしそうに食べているのが文化」という一文があります。寒ダラのように、アンコウも冬の味覚として庄内浜の文化となっていくのでしょうか。石塚さんにお聞きしました。
「将来、浜文化を残していくための心得として私が思うのは、致道館の教え『天性重視・個性伸長』です。料理に置き換えると、材料の持っている特性を大事にして、その持ち味を生かしてどうすればおいしく食べていただけるか、それが料理人の仕事だと。文化が成り立つには『不易流行』が必要で、新しいことに取り組んで、土地に根付く=不易なものになるかチャレンジしていく。その上で自然と残るものは残っていきます。例えばアンコウのような食材もどんどん取り入れて、そのおいしさが磨き上げられれば、庄内の浜文化はますます多様で楽しいものになると思います」。