40分練りつづける、手作りのえご練り
鶴岡市由良地区の榊原徳子さんは笑うと目の形がニコちゃんマークみたいになって、目尻にシワがたくさんできる、優しそうなおばあちゃん。小柄で痩せた体つきからは、いつもきびきびと動き回る、働き者なのが伝わってきます。
そんな徳子さん、実は「えご練り」作りの名人。えご練りは、春と秋のお彼岸や、お祭りの行事食として欠かせない、庄内地方の郷土料理です。
今回は、えご練りにかける手間ひまと、徳子さんが名人たる所以についてお聞きしました。
なお、徳子さんの庄内ことばがチャーミングなので、その雰囲気を伝えられるよう、なるべく残しております。分かりにくい部分は( )で解説いたします。
庄内地域の「海藻を食べる文化」
春と秋のお彼岸にスーパーなどに多く出回る、四角くて黄色いこんにゃくのような「えご練り」。
その原料となるのは日本海に広く分布している「えご草(ぐさ)」と呼ばれる海藻です。
海からえご草を採ってくるのは徳子さんの旦那様である昭夫さんのお仕事。
由良漁港で磯見漁をして50年の昭夫さんは、1年を通してさまざまな海藻や、サザエ、アワビ、岩ガキなどを獲っています。
<榊原さんの磯見漁スケジュール(春から)>
アオサ
ワカメ
春モズク(海藻の上に付くモズク)
6月
岩モズク
石モズク(クロモ)
天草
イギス(イゲシ)
8月
えご草
12月から
岩ノリ
年間通して取るもの
アワビ(9〜11月は禁漁)、サザエ、岩牡蠣、イゲ(エガイ)、西貝
油戸の佐藤満さんと同じ磯見漁ですが、こちらの方が海藻を採ることが多いようです。
えご草の収穫時期は8月のお盆を過ぎた頃。生えたらすぐに採りたくなるものですが、採る時期があまりに早いと粘度が弱く、練ってもうまく固まらないそう。そこで品質を守るため、地域全体で「口開け(くちあけ)」と呼ばれる解禁日を決めています。ほかにも、ワカメや岩もずくといった取引の多い品目について「口開け」の日を決めているそう。
ところが、えご草は岩や石に直接付くわけではなく、岩場に生えている海藻の上に付きます。そのため波が高いと流されやすく、豪雨や台風のタイミングによっては収穫の前に流されてしまうこともあるそう。
「全部が毎年ちゃんと取れるわけじゃなくって、何かが取れない時は他の何かが取れるっていう風に神様はうまいことしてくれる。まあそれでも悪い時は悪くて、去年は岩牡蠣が全然取れなくって収入は毎年違うんですけど、海藻は年間通して帳尻が合う感じになります」。
徳子さんの口から「神様」という言葉が何気なく出てきて、それほどに漁業は見えないものの力=自然界の影響を受けやすいのだなと実感しました。海を敬うようなあり方に、素敵だなぁと引き込まれました。
エゴ採りは
フォークでクルクル⁉︎
えご草の採取は6m~7m位ある棒の先にエゴ巻き機と呼ばれる渦巻き状のフォークのようなものを取り付け、水中のエゴを絡めとります。
「えごは他の海藻に比べるとチリチリなんですよね。それで、スパゲティーみたいにクルクルと巻いて収穫するわけですね」。
海藻の上に生えるえご草だが、その上にさらに別の草が生えることを漁師の間では「花が咲く」と呼んでおり、そうなると収穫シーズンは終わりになる。
「多い時は小屋がいっぱいになるぐらい取れるけど、今年はちょうど良い時に波に来られたんだやな。海から近いところで取ってるから、雨が長いと水が濁って、箱メガネを覗いても何がなんだか分からないの」。
海水に泥が混じってしまうと、えご草自体も汚れてしまって品質が落ちてしまうそう。やはり、自然からの影響が大きいのですね。
仕上がりは下処理で決まる!
収穫したばかりのえご草の色は真っ黒で、チリチリの草の間にはゴミが混ざっています。
ここから「海水にさらす→天日干しする(ゴミを取る)」という作業を4〜5回ほど繰り返すと、綺麗な飴色の「えご」になります。
「えごは真水をかけたら絶対ダメなので、雨に濡らさないよう、天気のいい時に海水にさらすの。で、天日干ししながら手でゴミを取るなや(取るのよ)」。
たとえば同じ海藻の加工品でも、寒天は、テングサを煮溶かした後にサラシで濾す工程があります。ところが、えご練りの場合は濾す作業がありません。そのため天日干しの段階で、えご草に絡みついている他の海藻を指先で丁寧に取り除きます。
「これは凄く手間かかんなや(手間がかかるんです)。もう綺麗だと思っても、干すとまたカス出てくんなやのー(カスが出てくるんですよね)」。
細やかで、根気のいる作業を繰り返し、綺麗な飴色になったえごは5年ほど保ちます。えご練りの注文が来るまで小屋に保管しておきます。
えご練りは経験がものを言う
えご練りにまとまった数の注文が入ると、いよいよ練り作業に入ります。
えご草と水を鍋に入れ、弱火にかけて煮溶かします。そこからが1番の大勝負。25〜30分間、へらでひたすら練った後、火からおろしてさらに7〜8分ほど練ります。
「練らねぇと、やっぱり鍋の下が焦げ付くんだんのー。ほいで(それで)練ってっとまた、ゴミが上がってくんだ。そうすっとつまみながらのー。なんぼ取ってもどっからが出はってくんだー(どこからか出てくるんだ)って」
えご草は収穫した年や、同じ年のものでも採った場所によって粘度の強さが違います。そのため徳子さんはえご草の状態を見て、年代の異なるものをブレンドして使っているそうです。
「同じ年の同じ場所のものでも、出初めと終る頃でも違うなや。遅くなればコシは強くなっけども、今度はスジが太くなって、なんぼ煮ても溶けねくてやぁー。フカヒレのフカヒレみたいに残んなやの」。
ブレンドの加減をどう決めているのか尋ねると、「見た感じで?」との回答。うむむ、ベテランはやっぱりすごい! そして、ブレンドをしてもえご草の粘度はその時々で異なるため、練りながら「手に伝わってくる感覚なんかで、あと大さじ1杯、水入れっかなーとか」って水分量を調整するのだそう。
徳子さんの仕事を間近で見ている義理の娘さんは、今後について「今のやり方はお義母さんの負担が大きいので、あんこを練る機械を導入するなどの効率化を考えています。けれど最後まで機械頼りは無理で、固さの調節は結局、この熟練の手でしないといけないだろうなって」感じているそうです。
同じえご草を食べる文化でも、山形の内陸側では食べる時期が夏だったり、新潟県ではえご草が飴色まで晒さず、もっと色の濃いものが食べられているなど、地域によって違いがあるそう。
「私たちは黄色いえご練りに慣れてしまったから違和感が相当あるんですけど、磯の香りがとても強くて、地元の方はそっちの方が好きなのかもしれませんね。食べ方も、ここら辺では酢味噌がけが定番ですけど、今の若い人は刺身感覚でワサビを付けて食べたりもするそうです。作るのは本当に手間がかかって大変ですけど、地域によって異なる食べ方をしているのを見ると、なんかこういう文化、残してかなくちゃいけないって気がするんですよね」と娘さん。
ひとつのえご練りを作るのに、えご草の採取方法から、晒す技術、練る技術といった様々なノウハウが詰まっています。こうした技術には数値や文章で伝えきれない部分があり、一度失われてしまったら取り戻すのは難しいものです。榊原さんのところでは近年、購買層の高齢化に伴って、手に取りやすいようにサイズを小さくするなどの工夫も行なっているそう。庄内浜の「黄色いえご練り」がこれからも受け継がれていくことを願っています。