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コラム

漁業に寄り添う“栽培漁業”

2023.10.26

“栽培漁業”という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
養殖のこと?と思われがちですが、養殖とは全く異なる目的を持った日本独自のシステムです。
栽培漁業は、魚の採卵を行い、その稚魚を育て一定の大きさになったら海へ放流することが仕事であり、海洋資源を増やし、漁業を支えることを目的としています。
栽培漁業というと耳なじみが薄いですが、身近な“鮭のふ化場”も同じ仕組みであり、この資源増殖の考えは江戸時代からありましたが、栽培漁業センターが日本各地で稼働されるようになったのは、約50年ほど前と言います。

この栽培漁業における種苗生産で、日本でも有数の技術を持つのが山形県栽培漁業センターにいる余語滋さんです。
山形県では、ヒラメ、クロダイ、トラフグ、アユ、サクラマス、エゾアワビ、モクズガニの種苗生産を行っています。

取材に伺った日はちょうど産まれて間もないアワビとアユの稚魚、そして親となるサクラマスとヒラメを見ることができました。

アワビは年間20万個もの飼育を行っており、1年半~2年ほど飼育した後、海へと放流され、3年ほどで漁師さんが漁獲できるサイズへと成長します。
日本近海には4種ほどの主だったアワビの種類がありますが、その中でも“漁師さんにとってより良い種”を選択し、エゾアワビを飼育しているのだそうです。
アワビの生育は多段式と呼ばれる山形県が開発した独自の方法で行われており、見たところはアワビ団地(笑)

キラキラとエメラルドグリーンの殻が、美しく輝きます。
これは餌としている昆布の影響によるものだそうで、海に出て様々なものを摂取すると色も変化していきますが、こすって藻を落としてみて中心部がエメラルドグリーンなら、それはこの栽培漁業センターで育てられたアワビです。
漁獲されるアワビの約3割がこうして放流されたアワビとの調査結果もあるほどです。


産まれたばかりの鮎の稚魚たちは、肉眼で確認するには難しく、ただ水面がぴたぴたとさざめいていました。
ここでは、年間300万匹ものアユを飼育しています。
このアユを育てる仕組みにも、自然科学の力とアユの生態を利用した余語さん開発の技術が生かされていました。
その仕組みにより、山形県のアユは飼育期間の生存率も高く、天然魚に近いということで、県外からも注文が入るほど人気が高いのだそうです。

アユは川で一生を過ごすわけではなく、ふ化した後、約3日の間に海へと下ります。
これは、餌となるプランクトンが海に多くあるためです。
こんなに(目に見えないほど)小さな幼魚が川から海へ泳げるのかと聞いたところ、川の流れに乗れば3日ほどで海に着く距離の場所に、ちゃんと産卵するのだそうです。
このアユの“川から海へ“の貴重な数日間を、一つの水槽の中に作り上げたのが余語さんの装置です。
水面上部には川の水(淡水)を、下に行くにつれ海の水(海水)とボーダレス階層になっており、アユの稚魚は水槽にいながら自分の成長に合わせて、川から海へと向かえるように作られています。

その他にも、余語さんには種苗ポリシーがあります。
それは、採卵において必ず天然魚を使うこと。
この日見せていただいたヒラメも、ちょうどその日の朝に漁師さんが持って来てくれた天然物でした。
この海や川で育った天然魚を使うことで、地域の特性を残し、種の中の多様性を尊重し守るためだといいます。

クローンのような単一的な生産方法ではなく、より自然に近い形で産ませて育て、自然へ返す。

「この仕事をしていると、人間は個々を重んじるけれど、自然生物は個の保存ではなく種の保存に重きを置いているのだと分かる。だからこそ、種の中でも多様性は必要なんだ。」
と話す余語さんの話を聞いていると、無数に泳ぐ魚の稚魚たちのそれぞれの“生”を感じます。

栽培漁業は、あくまでも漁業資源の増殖のための仕事です。
ここ近年、海洋変化や温暖化の影響により、庄内浜でも漁獲される魚が変化してきました。
太平洋側に比べて日本海は池のように小さく、それゆえ環境変化の影響も受けやすいと言います。
種苗し、放流する魚も、この魚種でよいのか?海洋変化に適応した魚種にすべきではないか?と自問することもあるそうです。
「“魚がいない”のではなく“これまでと同じ魚がいない”のであって、いないのには理由がある。
その魚にとっての生息や産卵に適した水温ではなくなったり、寿命の短い魚を獲りつくしてしまえば、親になる魚もいなくなるので壊滅してしまう。
ハタハタや鮭のように卵を食べてしまえば、当然、次の世代は生まれない。
食文化を継承していくためには、“獲りつくさない”ことが大事。」
そう言いながら、ではどうしたら漁業を、漁師さんを支えることができるか、次の一手を考えている余語さん。

当たり前のことであるのに、それらは限りある資源だということを私たちも、つい忘れてしまいます。
これからますます魚の美味しい季節。
この魚はどんな魚なんだろうと少し興味を持って食べると、よりありがたく頂けるのではないかと思います。
庄内浜のための栽培漁業は、まだまだこれからも進化しそうです。