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コラム

戦後の日本を支えたタンパク源“サメ”

2024.03.12

この頃スーパーでよく見かけるようになったと感じる“サメ”。
手に取り、料理したことはあるでしょうか。
“サメ”というイメージなのか、なかなか手が伸びないという方も多いのではないかと思います。
しかしサメは、日本において古くから食されており、北は青森から南は広島や大分まで、全国津々浦々、その地域によって“フカ”と呼ばれたり、“ワニ”と呼ばれたりしながら、広い地域で食卓に上がってきました。
特に山間部では、郷土食として根付いている地域も多くあります。

そんなサメを食す文化が、未利用魚ならぬ廃れた食文化となりつつあることを、山形県漁協念珠関支所の阿部勝樹支所長は、以前から危惧してきました。

庄内浜で獲れるサメはアブラツノザメという種類で、旬は1~2月です。
30年以上前は、この季節の料亭や仕出し料理には、庄内の郷土料理“あんかけそうめん”と“タラの子付け”に並び、必ず“サメのぬたあえ”が入っていたと言います。
その当時のサメの浜値は1㎏400円~600円位はしたそうで、真冬の漁業においては、漁師にとっても良い収入源であったようです。
現在、庄内浜で水揚げされるサメのほとんどは、底引き網漁によって混獲されたものですが、昔は、はえ縄漁師の冬の獲物でもあったそうで、今のようにインターネットや気象予報が発達していなかった時代、漁師は皆、漁協に集まり、波や風の状況を見ながらサメ捕りのために出漁するのを酒を酌み交わしながら待っていた、と言うほど冬季漁業の花形であったようです。
※そのこと自体を“日(待ち)祭”と呼んでいたそうです。

なぜそこまでサメは日本の漁業を席巻したのでしょうか。
それには、日本のコールドチェーンの歴史が深く関わっていました。

今では素晴らしく整ったコールドチェーンのおかげで、海産物は氷の入った保冷箱に入れられ、鮮度を保ったままどこへでも運ぶことができ、私たちはそれが当たり前のこととして生活しています。
しかし、日本のコールドチェーンが整備されたのは戦後のことで、当時は氷屋というものがなかったそうです。
その為、如何にして海産物を運ぶか、という事で塩蔵による運搬が発達しました。
塩鮭、塩サバ、塩タラなど、やはりこちらも山間部ではなじみ深いと思いますが、浜の人たちはあまり食べません。
更に顕著なのは、長野県に伝わる“ボイルイカ”です。
こちらはスルメイカの胴に塩を詰めて、イカと塩を一緒に運んだもので、塩をはかる時に1杯2杯と言ったので、イカの数え方だけは他の海産物と違い、「杯」で数えるという話もあります。
そんな中でサメは、塩蔵の必要もなく日持ちがするため、とても重宝されたのです。
漁獲されたサメは羽越本線によって貨物輸送されて、築地へ運ばれていきました。
しかし、サメはアンモニアを精製することで自らの腐敗を遅らせるという特性があるため、一様にサメはアンモニア臭いというイメージが染みついてしまいました。

しかし、鮮度の良いサメは全く匂いもなく、味も淡白で、良くも悪くも癖がなく使いやすい食材だと、鶴岡市内の料理店“すたんど割烹みなぐち”の水口拓哉料理長は言います。
水口さんは、昨年11月に鶴岡市主催のもと行われた料理コンペティションにおいて、“サメ”をテーマ食材として臨み、見事3位入賞を果たしました。
そもそも“サメ”をテーマとしたのは、やはり元々食されてきた食文化であるサメにもう一度スポットを当てたい、という意図によるものでした。
阿部支所長に伺ったところ、サメは“ぬたあえ“だけではなく、焼きザメ、刺身、氷頭なますなど様々な料理として食べられていたようです。
刺身は歯ごたえがあり、少しねっとりし甘みがある、湯引きにすると外側はコリコリ、身はふっくらして、これもまた美味しいと水口さん。

ある時代に日本中で食されたサメは数十年の時を経て、水産漁獲量が毎年減少している中で、再び注目されてゆくのでしょうか。
ただ、サメの流通量が減少したのには、コールドチェーンの発達によるニーズの減少、それによる価格の下落などの理由もありますが、もう一つにサメの皮をむく技術を受け継ぐ人たちが減ってきていることも原因としてあるようです。
そうなると廃れた食文化“サメ”は、いずれ高級食材となってしまうのかもしれません。

生活の利便性が、飛ぶようなスピードで全てにおいて更新され続けていく中で、漁業の形態も変化し、流通も変わり、消費者の生活スタイルも変わりました。
その中で“サメ”だけに限らず、食文化が廃れ消えていくことはとても残念に思います。
サメ食の歴史は、日本の流通の歴史までを口承してくれました。
食文化には少なからずそういった一面があります。
そして度々食べ物は、人の記憶を呼び起こしてくれます。
浜のお母さん達にお話を聞くと、やっぱり皆さん、刺身でよく食べたとか氷頭なますが美味しくて好きだったといったお話を聞かせてくれます。

 

合同会社Maternal 小野愛美